生きると言うこと
鬱かれ様です。
うつ病と闘うサラリーマン、現代人Tです。
先日の自殺未遂から、丸2ヶ月が経ちました。
イコール入院生活も同期間です。
長〜〜い。とにかく1日が半端無く長いです。
白いカーテンで仕切られた空間にいるだけ。
まるで「精神と時の部屋」です。
する事なくてダイエットに励んでます。
いぜんチラッと触れた病院食ダイエット(笑)
いまは大部屋に移動になったので、筋トレ等はできませんが…病棟内を食後に30分歩いてます。あと、糖質カットで白米を食べてません。おかずのみです。
結果は2ヶ月でゆっくりですが、8キロ落ちました。
…って話題もさておき、この2ヶ月で現代人Tにも少し心境の変化がありました。
それは「生きる」と思えるようになってきた事。
そのきっかけは父です。
実は父は、私と同じタイミングで入院生活をしています。定年退職後にパーキンソン病を発症し、大変な老後を過ごしてます。その進行があり、今では嚥下機能の低下で食事も出来ず、病院で管だらけになっています。
声を発する事もままならず、首と手を振って意思表示をします。正直、余命もそんなにありません。
…でも。
そんな状態なのに、私よりも生きる希望を持っていて。明らかに生きる意思を持っているのが伝わって来るんです。「まだまだ生きる!口から美味いもの食べる!痩せ細った身体を元に戻そう!」って信じて生き続けてます。
尚且つ…先日母から聞いたのですが、以前のブログで書いた42歳でなった父の胃潰瘍の話し…。
あれ、ステージ4の命に関わる胃がんだったそうです。
奇しくも今の私と同じ年齢、理由は違えど共に生死を彷徨ったんです。
何だかそれを受けて、父から「生きろ!」って言われている様に感じてしまうんです。
父は私がしでかした事と入院したことは知りませんが、命を投げ出そうとした私に身をもって自分の生き様を見せつけているかの様です。
最後まで生きようとする父に対して、自殺未遂を起こした私…。壮絶な闘病に引き換え私は…。
情けないの一言です。
顔向け出来ないと言うか、とにかく反省の気持ちで一杯です。
あまり口数の少ない父ですが、明らかに父からの叱りのメッセージを受けたと思ってます。
と、まぁ受信する側の私の一方的な解釈ですが少しずつでずが、前を向くことが出来ています。
問題のきっかけとなった会社の経営状況は依然として回復はしていませんが、死んで金策以外の方法で解決できると思える様になりました。
退院=完治ではないので、まだまだ浮き沈みがあるかと思いますが、これからも鬱ブログ続けていきますので宜しくお願いします。
それでは、今回も最後までお付き合いいただきありがとうございました。
鬱かれ様でした。